対等で安定した日中関係を
 最近の内外情勢
             元外務大臣 高村正彦

 高村正彦・元外務大臣は去る1月18日、内外ニュース周南支局主催の懇談会で「最近の内外情勢」と題して講演した。高村氏は「中国に対するODA援助は、北京五輪、上海万博が行われる時点でやめるのがよい」と語った。また同氏は、1998年、当時の江沢民・中国国家主席が訪日の際、各地で「日本に謝罪を求めた」発言をしたいきさつと、その後の両国関係について語り、「お互いに相手の国民感情を十分に考慮しながら、仲良く付き合うことが大切だ」と強調した。(講演要旨は次の通り)

 昨年2月、私は日中友好議員連盟の会長になった。対中国ODA削減論急先鋒で、日中友好人脈と一線を画してきた高村が会長になったと、新聞に書かれた。しかし私は、日中両国やアジア、世界の平和のために、日中は友好関係になければならないと考えている。私の言う日中友好とは、対等な主権国家同士の関係を築くことだ。
 1998年に江沢民国家主席が日本にこられた。それまでの対中ODAは5、6年ごとに総枠を決めるというやりかたをしていた。ほかの国は毎年決めているのに、中国だけが違うやり方をしているのはおかしい。今後は、毎年額を決めて出すようにすると、私のほうから申し上げた。中固側も、日本が言うなら仕方がないとなった。
 私は、外務大臣を辞めたあと、自民党のODA責任者である対外経済協力特別委員長になった。2001年から3年かけて対中ODAをほぼ半分以下にした。最近は、中国はけしからんからODAは全部やめろという極端な人もでてきた。私はそんなODAやめろ論者ではない。経済協力、援助というものは、援助しなくてもいい国になってもらうためにするんだから。
 中国は2008年に北京五輪を、2010年には上海で万博をやる。一つの目安として、そのころが、中国に対してODA卒業おめでとうと言える時期ではないか。
 私は日本政府を代表していないから、勝手なことが言える。また、外交では不意打ちがいちばん悪い。だから日本の政治家の中で、ある時期にODAを打ち切ることもあると考えている政治家がいることを、中国側に知っておいてもらいたい。
 ところで(1998年に)江沢民国家主席が日本にこられた時、マスコミで大きな問題になったのは、謝罪の言葉を文書に入れるか入れないかであった。中国側は「日中共同宣言に小渕総理の謝罪の言葉を入れてくれ」と言う。
 日本側は「すでに日中国交正常化の共同宣言の中に、いちおうお詫びの言葉が入っている。中国側は意味が軽すぎると不満かもしれないが、新しく文書をつくるたびに謝罪の言葉を入れることはできませんよ」と、かなりやりとりがあった。結局、謝罪の言葉は入れないということで決着をしていた。
 日韓国交正常化の時には「遺憾である」とか「反省している」という言葉はいっさい入っていなかった。韓国の金大中大統領からは、何度も何度も日本側にメッセージがきた。一度だけ文書できっちりと謝ってくれ。そうすれば韓国政府としては二度と過去のことを問題にしない。20世紀に起きたことは20世紀に終わりにしようではないかと。そこまで言うのであれば、謝罪の言葉を入れましょうと。
 それで最初は9月に江沢民主席が来日し、その時は(謝罪の言葉を)文書に入れないで済ませて、10月に金大中大統領訪日の時は文書に入れる。中国側がなんて差をつけるんだ、と怒っても後の祭りだと。そういうことで、めでたし、めでたしとなるはずだったが、中国で大洪水が起こり、江沢民主席が来日できなくなった。
 10月に金大統領が来日し、文書に(謝罪の言葉を)入れた後、11月に江沢民主席が来日し、中国はそこからものすごく強硬になった。文書に入れるか入れないかは、小渕総理の言葉を入れるか入れないかだから、日本側に最終決定権がある。
 唐家セン外相は、中国の被った損害は韓国の100倍、1000倍にも上ると言う。しかし、日本国民のほとんどは中国に悪いことをしたと思っている。文書にお詫びを入れるか入れないかは、別の問題なんだ。
 最終的に私のほうから、「お詫びの言葉を文書に入れることはできないが、小渕総理から口頭でお詫びの言葉を申し上げる。その代わり、江沢民主席から、戦後日本が平和的に発展したことを評価するという言葉を入れてくれ」と申し上げた。
 唐家セン外相は、それをいいとは言わなかったけれども、小渕総理の言葉を事務当局で詰めることで決着した。巷間、首脳会談で江沢民主席が小渕総理に文書に入れろと迫り、小渕総理がノーと言ったと伝えられているが、首脳会談でそんなことはなかった。前の晩に決着していたからだ。
 それでも唐家セン外相は中国ではずいぶんたたかれた。中固外交部に白い粉が送られてくる。添え書きに「これはカルシウムです。お腰の骨が弱いようなので、これを飲んで強くしてください」と。日本と中国では国民感情が全く違う。唐家セン外相が中国の中で弱腰外交と言われるのは、気の毒だと思った。
 江沢民主席が、その決着に大変不満だったことは事実だ。だから日本での講演の中では、日本の過去について徹底的に糾弾する演説をした。宮中晩餐会においても、過去に触れた話をした。これにたいして日本国民は、大変無礼だと受け止めた。中国は嫌いだという嫌中感情が噴出した。当然中国でも嫌日感情がでる。こういう構図になって、日中の友好関係が非常にやりにくい状況にあることは事実だ。
 99年に小渕総理が中国を訪問した。その時の中国側は、国賓並みの待遇をした。江沢民主席は日本の過去を糾弾するような話は一言もしなかった。これは、江沢民主席ですら日本の国民感情を考慮せざるを得なかったからだと、私は思っている。国民感情というのは、私たちもよほど注意していかなければならないと思う。
 靖国問題で小泉総理は 「8月15日に参拝する」と言い切った。ところが8月13日に参拝した。小泉さんは靖国問題の難しさを知らずに「8月15目に参拝する」と言ったのと、それを「13日に変えた」ということで、2度の間違いをした。
 中国には彼らの国民感情があるのだから、小泉さんは丁寧に説明しなければいけないと思う。
 「内政干渉」の一言で片付ければいいものではない。日本も中国に対して、たとえ内政干渉と言われようとも、「反日教育は改めてくれ」と言っていかねばならない。
 今、中国政府の中で、なんで中国共産党が一党独裁で中国を指導しているかを人民に納得させるための理由づけに、大きく分けて二つがある。
 一つは、中国共産党の指導のもとに抗日戦争に勝利した。その輝かしい共産党の指導に中国人民は従うべきだ。もう一つは、中国共産党の指導のもとに、経済は年々よくなり、豊かになっているではないか。
 江沢民主席はどちらかといえば抗日戦争勝利、共産党の歴史に重きを置いた人だろう。かつて胡耀邦という総書記がいたが、彼はどちらかといえば経済をよくすることに重きを置いた人だった。中曽根元総理が靖国神社を公式参拝された。その時の胡耀邦総書記は、経済に重きを置いていたから、中曽根総理の靖国参拝にたいへん抑制的な対応をした。
  日本人のお節介な人が北京に行って、胡耀邦総書記に「なんてもっと怒 らないのか」と言った。
 それでも胡耀邦総書記は 抑制的だった。そしたらその人たちが、旧満州に行き、またそういうことを言った。それで中国全土に広がり、胡耀邦総書記は政治運営が難しくなった。胡耀邦が危ないぞというので、中曽根さんは靖国公式参拝をやめた。
  現在の胡錦涛国家主席はどちらかといえば経済重視の人だと思う。日本と中国は、お互いの指導者が相手の国民感情にも配慮しながら、やっていかねばならないと思っている。

(週刊「世界と日本」1663号。) 戻る