小泉改革と21世紀の国家像
前自由民主党幹事長 古賀 誠
内外ニユース東京懇談会12月例会は2日、東京赤坂プリンスホテルで行われ、前自由民主党幹事長の古賀誠氏が「小泉改革と二十一世紀の国家像」と題して講演した。この中で古賀氏は「内閣をいたずらに代えることはあってはならない。政権与党の中枢にある自民党が総裁に選んだのだから、小泉内閣はしっかり支えていく」と述べた。しかし、古賀氏は「学者や経営者の懇談会や諮問機関に丸投げしたものを、政府案として出す手法はとるべきではない」と強調し、さらに「国民迎合の政治の時代は過ぎた。政治が先頭に立って日本の国家像を実現していくように変わるべきだ」と語った。
(講演要旨次の通り)
「道路関係四公団民営化推進委員会」(政府の諮問機関)の取りまとめを見守っているが、高速道路が21世紀のわが国の国土政策、国の文化の中でどうあるべきかについて、国民のコンセンサスを得る必要がある。私たちは、高速道路のネットワークは不可欠であると考えている。
高速道路の整備については残事業が2300キロメートルある。この残事業は、2割のコストダウンと有料料金の活用によって16兆円が確保できれば、建設はできる。しかし、需要動向や金利などのリスクも考えておく必要がある。また不採算路線が増えることも念頭に置きながら、自民党道路調査会 (古賀誠会長)の中の検討委員会では5原則を考えている。
それは、高速自動車道路整備計画の残事業は、必ず早期に完成させるという国民の合意を得る努力をしていくということだ。また、新たな国民負担を生じないように気をつけていく。民営化議論の中で、高速自動車道路を3つに分けるというが、コスト、管理費、有料料金の問題など考えると、やはり一体化で管理されるべきだ。高速自動車道の早期完成は国民にとってもたいへん大事なことなので、われわれの考えている基本原則のもとで、政治の場で決着をつけたい。
小泉政権は誕生以来、いろいろな改革に取り組んでいるが、国民は今、将来に対する不安、閉塞感、不透明さのなかで心配をしている。小泉改革は着実に一つずつ議論がなされ、実現している問題もあるが、その改革をやった後の日本の国家像、国のかたちや姿がみえてこないことが、国民の新たな苛立ちとなってきている。改革はツール (手段)である。この改革を実現した後の、21世紀の国のかたち、姿を、国民に対して明確に説明
する責任がある。
私が小泉改革に期待するのは、この改革を通じて国民の意識改革をしていくこと、国民の精神を改革していくことだ。私は1940年に生まれた。大東亜戦争に突入する1年前だ。戦争はいかに悲惨なものであるか。再び戦争を繰り返すことのない国家をつくっていかなければならない。これは、われわれの世代が肝に銘ずべきことだと思っている。
私たちはそうした戦争の悲劇を体験したが、同時に、あの廃墟の中から神業といわれるような経済成長を成し遂げてきた。成長と繁栄の半世紀だったといえるかもしれない。そして、バブルの崩壊と合わせて″失われた10年″。また新たな10年が始まるのか、こんな危惧を感じているわけだが、そうした時代を生きてきているからこそ、21世紀にどういう国にするかという基本方針をつくり、それを新たな世代につないでいくことが、われわれに課せられた最大の責務である。
あの成長と繁栄、そして″失われた10年″を検証すると、政治の場でも反省することはたくさんあった。万年与党、万年野党というものが、お互いに政治の場で最大公約数の政策を基本としてやってきた。それが「結果平等の制度」をつくり、福祉がどんどん膨らんだ。国民の意識の中で、行政や社会保障に頼るという社会をつくってきたような気がする。
国の支援として、弱者のために温かい手を差し伸べる制度は必要だが、逆に弱者を広げ、弱者を育てるような制度があるとするならば、思い切って考えていく必要があるだろう。そのことはなにも予算措置の制度だけではなく、憲法や教育基本法など各般にわたって議論し、まとめていくべき課題である。早くこれらの議論をまとめて、国民の意識改革や、日本という国のアイデンティティを作り上げていくことが、われわれの責任だ。
平成14年度の予算では、本年度の当初予算に比べると、公共事業費は10%削減された。ODA予算も7%くらい削減している。これも大事だが、社会保障費とか、文部科学省所管の予算、防衛費といった、制度改革を伴う非裁量的な経費の削減がどこまでできるか。中長期的にそのことを念頭に置いた議論をしないと、財政の根幹的な再建はあり得ない。だから国家戦略というものが必要なのだ。
そして、21世紀の国家像を国民に明らかにし、数値目標をあげて、何年先にはこのことを実現し、この時代にはこれをやり遂げる、そして21世紀に国民に喜んでもらえるような国のかたちを実現したい。私が政治の場でぜひ行いたいのは、経済的な豊かさと、歴史、伝統を大切にする日本の文化を基軸にした国をつくっていくことだ。
20世紀の間に、国家というものがいつの閣にかどこかに飛んでいって、民主主義ということだけが一人歩きしている。自由を求めるならば、自己責任を果たしていかなければならない。平等をいうならば、競争がなければならない。機会の平等は大事だが、結果平等の社会主義的な国家をつくり上げてしまった。平等の中にも競争があって、汗をかく人、努力をする人が報われることが大切だ。
幸せの基本は家庭と家族にあると思う。家庭にぬくもりと教育の場があり、家庭や家族が基盤となって地域社会をつくり上げる。お互いに支え合い、助け合っている。その中で独立自尊の精神を養っていくということが、政治の場でいちばん目指していくべき21世紀の国家像、国の姿である。
私は戦没者の遺児なので、憲法第九条に関しては非常に臆病だ。平和憲法として、この九条をどういうふうに大事にしておくかは非常に重要なことだ。むしろ憲法第三章、権利と義務のところで、家庭と家族を崩壊させてきた。教育基本法はアメリカの占頷下でつくられた。国には国の文化がある。これからのアイデンティティをつくっていくために、その国にふさわしい教育基本法でなければならない。
われわれは抵抗勢力で小泉包囲網をつくり、内閣打倒に進んでいるのではないかと、いろいろ言われている。私は小泉内閣をいたずらに代えていく、即ち、政局(を流動的)にすることは、できるだけあってはならない。政権与党として中枢にある自民党が、総裁として選んだのだから、小泉内閣をしっかりと支えていくのが当然だと思っている。
経済の政策転換にしても、経済は生き物であるから、30兆円の枠が取り払われ、補正予算が行われようとも、その時に必要なことを大胆・柔軟に決断することは大事なことだ。そのことに対して、小泉首相の失政だから内閣は代わってもらわなければいけない、ということに結び付けるのはよくない。補正予算なども、もっと数字を積み上げていくべきだったのではないか。税制についても減税先行を思い切って決めてほしい。デフレスパイラルからどう脱出するかの一点に絞って、政策決定することが肝心だ。
小泉首相は、与党の意見に十分耳を傾けていただきたい。政権は、総理とそれを支える与党とが一体となって初めて可能になるものだ。小泉さんは、学者や企業経営者の方々の委員会や懇談会、諮問機関などに丸投げし、そこで決まったことをそのまま政府案として出されてくる。そういう手法は、早く転換してもらいたい。
私の関心事に、靖国神社の新しい追悼施設の問題がある。官房長官のもとに懇談会が設置され、意見がまとめられると聞いている。靖国神社は日本固有の精神文化であり、そこは日本の魂とか、心をつくる大きな中心的施設でなければならないと、私は言い続けている。新たな追悼施設は断固として認めるべきではない。
今、政治の場では無気力な状況が続いている。野党の不甲斐なさもある。国会が重箱の隅をつつくような議論に終始しているのは、非常に残念だ。今までは国民に受けのいい、迎合的なことだけが政治手法として使われてきた。
しかし、その時代は過ぎた。ポピュリズム、迎合の政治から、政治が先頭に立ってコンセンサスをつくり上げて、日本の国家像を実現していくという手法に変わることが大事である。
国会が無気力になった原因の一つは選挙制度にある。小選挙区は中選挙区よりも欠陥が大きい。選挙制度についてもう一度、まじめに、しっかりとした議論をしていく必要があるだろう。
(週刊「世界と日本」1560号。講演録はじゅん刊「世界と日本」に掲載) 戻る |