経済政策について
自由民主党総務会長 堀内光雄
内外ニュース東京懇談会7月例会は14日、東京・キャピトル東急ホテルで行われ、自由民主党総務会長の堀内光雄氏が「経済政策について」と題して講演した。堀内氏は竹中経済財政・金融担当大臣が就任以来、GDP(国内総生産)をはじめ各種経済指標が低下、減少していることを指摘し、「竹中大臣は貧乏神、小泉総理に交代を進言している」と竹中氏を厳しく批判した。同時に堀内氏は「従来の生産者中心主義から、消費者中心の経済政策に転換すべきだ」と強調した。(講演要旨は次の通り)
先日、NHKの放送討論会を聴いていると、竹中平蔵大臣が株価のことを話していた。竹中さんはこの株高を、小泉内閣の構造改革が成果を上げている段階にきたと考えている、あるいはそう考えたい、というふうに私は感じた。
今回の株高について、二つだけ確かなことがある。一つは外人買いによるものだ。今年の4月14日以降7月4日までの間に、外人の買い越しは2兆6739億円になっている。日本側は全部売り越しである。その合計は2兆5787億円だ。今回の株高の手口を見ると、日本人は売り、外人が買った。ということは、日本人は誰も竹中経済政策を評価していない、ということではないか。
もう一つの原因は「りそな対策」にあった。竹中大臣は5月17日に金融危機対策会議を開催し、りそな銀行に政府として2兆円の資金投入を決めた。その発表がきっかけで株式は堅調になってきた。特に銀行株は大幅に値上がりした。その牽引力で全体の株が上がってきた。しかし、銀行の不良債権処理がどんどん進み、構造改革が進んだからだとは、少しも思えない。外人が、これでもう日本の銀行は潰れる心配がなくなった、株主は絶対に損はしない、と判断したからだ。
りそなの事件は、政府として一つの例をつくってしまった。大銀行は危なくなったら助ける。助ける時は株主に損失はかけない。これはゴルフでいえば、OBに打ち込んだボールがフェアウエーに戻ってきた。真ん中にきていい調子になった。ゴルフならば、ラッキーで済むが、行政行為としては、問題が残るのではないか。
竹中さんが経済担当大臣に就任して2年以上になる。国の生産力を示すGDPは513兆円から499兆円に14兆円減少し、500兆円から転落してしまった。GDPの減少は、必然的に税収の減少をもたらした。税収は(竹中大臣が)就任当時に51兆円だったが、去年の数字で43兆円になり、約8兆円下がっている。
また、同じ期間に国民の個人金融資産は39兆円減少している。サラリーマンの雇用者報酬は8兆円減だ。雇用者数5300万人で割ると1人15万円、月に1万2000円の減少である。まさに竹中さんは貧乏神だ。このままだと日本経済はだんだん溶けてしまうのではないか。これは言うまでもなく、竹中さんの経済政策が誤っているからだ。
竹中さんの経済政策は市場中心主義だ。効率の悪い企業は競争で負ける。敗れたものは市場から退出する。いわゆる弱肉強食、適者生存だが、これが日本経済に合っているかどうか。アメリカ式の国際基準を日本経済全体に当てはめようとしている。だから大不況になっている。
昨年の中小企業の倒産は戦後最高の1万9022件。廃業は20万件だった。1社平均では負債約4・2億円で潰れている。経済白書には、倒産企業の74%が負債整理のために自分の家屋敷を売却したと載っている。これは金融政策、経済政策の誤りではないか。速やかに今の経済政策を改めなければならない。
私は、今までの生産者中心から消費者中心の産業政策に転換していかなければならない、と考えている。経済は消費に始まって消費に終わるものだ。従来の政策は、スタートが生産から始まっていることに間違いがある。
日本という国は、明治維新の初めからずっと貿易赤字で苦しんできた。統計から見ても明治の45年間に貿易黒字になったのは、わずかなものだ。大正時代は15年間で3回、昭和も戦前の3年だけだ。
戦後に安定したのは第2次石油ショック後の昭和53年以降だ。その後はずっと黒字である。黒字に変わった後も政策を変えなかったから、貿易摩擦という問題が出てきた。明治以来、日本は貿易立国を目指してきた。しかし、現在は時代が変わった。これからは好むと好まざるとを問わず、国内需要をさらに重視しなければならない時代になってきている。
明治の時代にも、富国強兵のために国内は低コストで我慢しろ、という政策を行ってきた。しかし、大久保利通は「国民が豊かになることが富国だ」と言って、内需重視の政策を行っている。農業の品種改良とか、紡績の振興、金融の小口貸付を実行し、中小企業の育成に努めた。
それが国民を中心とする「共生」を大事にする一日本型システムをつくり上げ、大きな成果をもたらしたのだ。「共生」という考え方は、日本国民の伝統的価値観である。ところが現在の市場中心主義の経済では、中小・零細企業は非効率、時代遅れの生産者に分類されてしまっている。
しかし、「共生」する日本型の産業政策というのは、何かに向かって努力していこうとする小さな芽を、丁寧に見いたして、育てていくことではないか。希望を失いかけている地方経済や中小企業に対して、明日に向かって事業を展開していこうという意欲、活力を持たせることだ。要するに 「破壊よりも再生」なのだ。
私は、小泉総理のやっている構造改革は理解をしている。しかし、経済政策には大反対だ。総理には「竹中さんを代えなければだめですよ」と面と向かって申し上げている。
(自民党総裁選出馬についての質問に)私は極めて平常心で、今まで 「出る」と言った覚えは一度もない。全くのところ、そういう考えは今、持っていない。小泉総理は経済について、おそらく将来において、何か変更を考えているのではないか、と感じられる。
(週刊「世界と日本」1587号。講演録はじゅん刊「世界と日本」に掲載) 戻る |